(16)伊邪那岐命いざなきのみことは、亡き妻1に会いたいと思い、黄泉よみくに2まで追いかけて行きました。

そして、黄泉よみくに3御殿ごてんの閉じた戸口から出てきた(17)伊邪那美命いざなみのみことに対して、(16)伊邪那岐命いざなきのみことはこう語りかけました。

いとしい我が妻4よ。私とあなた5とで作った国は、まだ完成していない。だから、どうか戻ってきてほしい。」

これに対して、(17)伊邪那美命いざなみのみことは答えました。

「残念なことに、あなた6が早く来てくださらなかったので、私はすでに黄泉よみくに7の食べ物を口にしてしまいました。
それでも、愛おしいあなた8がこのように私のいる所に来てくださったことはおそれ多いことなので、帰りたい気持ちもありますし、しばらくの間、黄泉よみの神々と相談してみます。
それまでの間、決して私の姿を見ないでください。」

そう言って、(17)伊邪那美命いざなみのみこと御殿ごてんの中へ戻っていきました。

しかし、あまりにも時間がかかるので、(16)伊邪那岐命いざなきのみことは待ちきれなくなって、左の御角髪みずら9に挿していた湯津津間櫛ゆつつまぐし10の太い歯を一本折り、それに一つ火をつけて御殿ごてんの中に入り、覗いてしまいました。

御角髪みずらとはこのような髪形のことです。

そして目にしたのは、(17)伊邪那美命いざなみのみことの体に、うじがわいてゴロゴロと鳴っている姿でした。

頭には(94)大雷おおいかづちがおり、

胸には(95)火雷ほのいかづち

腹には(96)黒雷くろいかづち

陰部には(97)拆雷さくいかづち

左手には(98)若雷わかいかづち

右手には(99)土雷つちいかづち

左足に(100)鳴雷なるいかづち

右足には(101)伏雷ふすいかづち

これら八種の雷神らいじん11(17)伊邪那美命いざなみのみことの体にいました。

(16)伊邪那岐命いざなきのみこと(17)伊邪那美命いざなみのみことのその姿12を見て恐れて、逃げ帰ろうとしました。

すると、(17)伊邪那美命いざなみのみことは「よくも私に恥をかかせたわね!」といい、ただちに黄泉よみくに13醜女しこめ14を遣わして、(16)伊邪那岐命いざなきのみことを追わせました。

そこで(16)伊邪那岐命いざなきのみことは、髪につけていた黒い御蔓みかずら15を取って投げ捨てました。

御蔓みかずらとは図のような髪飾りのことです。

すると、それがブドウの実となり、これを醜女しこめ16が拾って食べている間に、(16)伊邪那岐命いざなきのみことは逃げました。

それでもまだ醜女しこめ17は追ってくるので、今度は右の御角髪みかずら18に挿していた湯津津間櫛ゆつつまぐし19の歯を折り取って、投げ捨てました。

すると、たけのこが生えてたので、それを醜女しこめ20が抜いて食べている間に、(16)伊邪那岐命いざなきのみことは逃げました。

しかしその後(17)伊邪那美命いざなみのみことは、八種の雷神らいじん21に千五百の黄泉よみくに22の軍勢をえて、(16)伊邪那岐命いざなきのみことを追わせました。

そこで(16)伊邪那岐命いざなきのみことは、腰につけていた十拳剣とつかのつるぎ23を抜き、後ろ手に振りながら逃げました。

それでもなお追ってくるので、ついに黄泉比良坂よもつひらさかという坂のふもとにたどり着いたとき、そこに生えていた桃の実を三つ取って、追手おってに投げつけました。すると、八柱の雷神らいじん24と千五百の黄泉よみくに25の軍勢はみな逃げ返っていきました。

(16)伊邪那岐命いざなきのみことはこの桃に向かって言いました。

おまえ26が私を助けてくれたように、葦原中国あしはらのなかつくに27に生きる人々が苦しみ、思い悩んだときには、助けてやってほしい。」

そう言って、この桃の実に(102)意富加牟豆美命おおかむづみのみことという名を与えました。

そして最後、(17)伊邪那美命いざなみのみこと自身が追ってきました。

そこで、(16)伊邪那岐命いざなきのみこと千引岩ちびきのいわ28を引き寄せて、黄泉比良坂よもつひらさかふさいでしまいました。

千引岩ちびきのいわ29へだてて、ふたりは向かい合い、離縁りえんの言葉を交わしました。

(17)伊邪那美命いざなみのみことは言いました。

「愛しい我が夫30よ。こんなことをなさるならば、私はあなたの国31の人々を、一日に千人ずつめ殺しましょう。」

これに対して(16)伊邪那岐命いざなきのみことは答えました。

「愛しい我が妻32よ。それなら私は一日に千五百の産屋うぶや33を建てましょう。」

こうして、一日に必ず千人が死に、一日に必ず千五百人が生まれるのです。

それゆえに、(17)伊邪那美命いざなみのみことは「黄泉津大神よもつおおかみ」と呼ばれるのです。

また、(17)伊邪那美命いざなみのみこと(16)伊邪那岐命いざなきのみことに追いついたので、「道敷大神ちしきのおおかみ」とも呼ばれます。

さらに、黄泉よみの坂をふさいだその岩34(103)道反大神ちがえしのおおかみまたは、塞坐黄泉戸大神ふさがりますよもつとのおおかみといいます。

そして、黄泉比良坂よもつひらさかとは、今現在の出雲国いずものくに伊賦夜坂いふやさかのことであるといわれています。

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